9月の名曲と言えば…(その1)

昭和歌謡を代表する9月の曲といえば、
太田裕美「九月の雨」(1977)と
竹内まりや「September」 (1979)です。

どちらも巧みなリリックとキャッチーなサウンドがあいまって、
今でも愛され、カバーされ続けているポップスです。

まずは、「九月の雨」から聴いてみましょう。

作詞は松本隆、作曲は筒美京平という最強タッグ。
このコンビは、「木綿のハンカチーフ」をはじめ
太田裕美のシングルを数多く手がけています。

イントロは、降ってくる雨のようなピアノの音から始まり、
情感あふれるコーラスとストリングスが重なって
歌い出しまでの20秒で、早くも心をつかまれてしまいます。
波乱含みのドラマを予感させるようなサウンドです。

車のワイパー 透かして見てた
都会にうず巻く イリュミネーション
くちびる噛みしめ タクシーの中で
あなたの住所を ポツリと告げた

ヒロインの女性は、どうやらタクシーに乗って
彼の家へ向かおうとしているらしい。
しかし、「くちびる噛みしめ」という表情から
必死に感情をこらえていることがわかります。

また、「ポツリと告げた」という言葉からは
彼に会うことへのためらいや葛藤がうかがえます。
こらえていた涙がポツリとこぼれるように、
住所を告げてしまった、そんな感じでしょうか。

いったい二人の間に、何があったのか。
どきどきするサスペンスドラマのような展開です。

September rain rain
九月の雨は 冷たくて
September rain rain  
想い出にさえ 沁みている

愛がこんなに辛いものなら 
私ひとりで生きてゆけない
September rain 
九月の雨は 冷たくて

ここで、ヒロインが辛い愛を抱えていることがわかります。
私ひとりで生きてゆけない」という言葉から、
別れを告げた男のもとへ向かっているのだろうか…、
二人はこの後どうなるのか…、想像がかき立てられます。

“冷たい雨”といえば、ユーミン(当時は荒井由実)が作った
1970年代を代表する失恋ソングがありました。

冷たい雨にうたれて 街をさまよったの
もう許してくれたって いい頃だと思った
部屋にもどって ドアを開けたら
あなたの靴と誰かの赤い靴

あなたは別の人と ここで暮らすというの
こんな気持ちのままじゃ どこへも行けやしない
(「冷たい雨」詞・曲:荒井由実1975)

松本隆がどこまで意識していたかわかりませんが、
聴き手にとっては、そうした過去の名曲と二重映しになって、
歌詞の言葉がいちだんと沁みることがあります。

1976年リリースのハイ・ファイ・セットの歌でどうぞ。

では「九月の雨」の続き。

ガラスを飛び去る公園通り
あなたと座った椅子も濡れてる

先ほどの、冷たい雨(=男の冷たい仕打ち)が
思い出にさえ 沁みている」という言葉を受けて、
幸せな気分でデートしていた想い出のベンチが
雨に濡れている光景が歌われています。
それを見つめる彼女の瞳も濡れていることでしょう。

さっきの電話で あなたの肩の
近くで笑った女(ひと)は誰なの?

出ました!衝撃的な女性の影です。
さっきの電話」とは、彼からの別れ話の電話だったのか、
あるいは、彼のそばで(まさかベッドの隣で?)
電話越しに聞こえた女性の笑い声が気になって、
彼のもとへ向かわずにいられなかったのか。

いずれにしろ、彼の心は離れてしまったという現実が
彼女を静かな悲しみの中に置き去りにします。

愛がこんなに悲しいのなら
あなたの腕にたどりつけない
September rain
九月の雨の 静けさが

ここでとつぜん転調して音階が上がり、
聴き手の緊迫感がさらに高まったところで、
ヒロインの叶わぬ思いが吐露されます。

季節に褪(あ)せない 心があれば
人ってどんなに幸せかしら

ライトに浮かんで 流れる傘に
あの日の二人が見える気もした

この「見える気もした」の“”が凄いです。
“気がした”と “気もした”では、印象がどう変わるのか。

あの日の二人が見える“気がした”のなら、
少なくとも思い出は確かなものだったと信じていますが
見える気もした」だと、もっと弱気な感じがします。
この“も”の一語が、彼女の中に浮かんでは消え、
さまざまに入り乱れる思いを表現しています。

たとえば…
自分はほんとうは愛されてなかったのではないか?
自分だけが愛だと思い込んでいたのではないか?
そんな悲しすぎる疑いさえも浮かんだことでしょう。

だから彼女は、消えかけている「あの日の二人」を
揺れる思いで「見える気もした」としか言えないのです。

ここで終われば、悲しいだけの失恋ソングですが、
この歌では、「季節に褪せない心」を求めながら
冷たく変わってしまった現実を受け止めるヒロインに、
ひとつの“気づき”が訪れます。

それは、相手が愛を消そうとするのなら、
自分はそんな過去にとらわれることはやめて、
明日を向いて歩き出そうという決意です。

September rain rain
九月の雨は優しくて
September rain rain
涙も洗い流すのね

愛が昨日を消して行くなら
私明日に歩いてくだけ
September rain
九月の雨は冷たくて
September rain
九月の雨は優しくて

歌のなかで“雨”は“涙”の比喩としてよく使われますが、
この曲では、つらい現実を洗い流すという発想で、
冷たい雨が、優しい雨へと変わっています。

こんな結末が待っていたとは! 知ってるけど、
何度聴いても、いやおうなく感動させられます。

私たちを感動させてくれる歌詞の多くは、
記憶に刻まれている言葉のイメージをもとにして、
新たな意味を生み出すよう巧みに構成されています。

この曲の、失恋の涙を洗い流すというモチーフは、
その後、アン・ルイスや山下久美子が歌った
「シャンプー」という名曲にも引き継がれています。
このバラードも、なかなか胸に沁みる傑作です。

シャンプー 短く 切った髪を
泣きながら 洗う あの子
忘れなよ くやしいけど あんなやつのこと
(「シャンプー」1979 詞:康珍化、曲:山下達郎)

長くなったので、
「September」の話は次回に。