22歳(+37)が選んだ「夏うた」 (その8)

22歳の若者たちに好きな「夏うた」を選んでもらったので、
昭和世代の私も、記憶の片隅に残っている歌の中から、
これは!と思う楽曲をピックアップしてみました。

今回、私が好きな “夏うた”の1位に選んだのは、
井上陽水の「結詞」(むすびことば)です。

一般的な意見としては、井上陽水の“夏の歌”で、
いちばん人気があるのは、たぶん「少年時代」でしょう。

夏が過ぎ 風あざみ
 誰のあこがれにさまよう
 青空に残された 私の心は夏模様
(井上陽水「少年時代」1990)

もちろん私も大好きな曲ですが、夏になると、
「みんなこういう曲が好きでしょ?」とばかりに
TVやラジオでくり返し流れされるので避けました。

なるべく若い世代の知らない過去の名曲を紹介したい、
そんな思いで、今回は「結詞」を選びました。

この「結詞」は、井上陽水が1976(昭和51)年にリリースした
アルバム『招待状のないショー』を締めくくる曲です。

とくに驚いてほしいのは、この曲の歌詞です。

浅き夢 淡き恋
 遠き道 青き空

 今日をかけめぐるも 立ち止るも
 青き 青き空の 下の出来事

 迷い雲 白き夏
 ひとり旅 永き冬

 春を想い出すも 忘れるも
 遠き 遠き道の 途中での事
(井上陽水「結詞」1976)

歌詞は、たったのこれだけです。

この歌では、主人公の心情が何も説明されず、
ドラマチックなストーリーも描かれません。

いまどきの、歌詞が長くて難解なJポップや
饒舌なラップであれこれ主張したがる楽曲とは
まったく対極に位置するような歌詞です。

昔の人間にラップの歌詞がよくわからないように、
「結詞」の歌詞は、短すぎてよくわからない…、
そんな風に感じる若い世代もいるかもしれません。

では、ライブ動画で聴いてみましょう。

歌詞の中には、“冬”や“春”という言葉もあるので、
“夏”限定の歌というわけではありませんが、
私にとっては、とくに「白き夏」という歌詞で
夏のイメージの強い曲になっています。

「白き夏」とは、どんな夏でしょうか。

夏らしい“白い色”とは、たとえば白い夏服や帽子、白の水着、
ヨットやパラソル、デッキシューズなどが思い浮かびますが、
一般に夏の色といえば、海や青春の“”、太陽や情熱の“”、
あるいは焼けた“小麦色”の肌、といったところでしょうか。

目を閉じて、白い夏の景色を思い出してみましょう。
うるさいセミの声、強烈な夏の陽ざし、
照り返しがまぶしくて、道も白くぼやけている…。


(高野文子「玄関」『絶対安全剃刀』1982年)

そんな景色は歌詞には描かれていませんが、
「白き夏」という、ただそれだけの言葉が、
遠い日の、白い夏の映像を呼び覚ましてくれます。

短い歌詞の中には、ほかにも「浅き夢」 「淡き恋」など、
聴き手の誰もが思いあたる経験や出来事をあらわす言葉が、
まるで作品のタイトルのように並んでいます。

遠き道」とは、“人生”の比喩だと解釈できますが、
聞き手は、これらのシンプルな歌詞の余白に、
人生の途中でのさまざまな想いをめぐらせることができます。
いわば、齢を重ねるごとに深く心に刻まれる名曲です。

この曲は、1992年からJR東日本のキャンペーン広告
その先の日本へ。」のコマーシャルでも使われました。

「その先の日本へ。」というコピーを書いた秋山晶さんは、
当時、CMプランナーであった岡康道さん(2020年没)が
井上陽水のすべての曲を繰り返し聴いた上で、
この「結詞」をBGMに選んだと書き残しています。

後に岡康道さんは、大手広告代理店を辞めて独立しましたが、
まだ会社員としてこのJR東日本の広告をつくっていた当時、
“人生という旅”について、こんな想いを抱えていたそうです。

「…地図も手に入らず、目的地も茫然とした靄の中だ。しかし、それでも旅に出たくなるのはなぜだろう。
 東長崎のアパートを出て通勤の地下鉄のホームで、会社のエレベーターの隅っこで、ベッドの中で眠りにはいる直前にも、いつもどこからか、ある声が聞こえてくる。
「ここより、他の場所へ」  
(岡康道「ここより、他の場所へ」『岡康道の仕事と周辺』1997)

この「結詞」は、人生とはひとつの旅であることを
あらためて思い起こさせてくれる名曲の一つです。