22歳(+37)が選んだ「夏うた」 (その10)

今回の“夏うた”は、Chappie(チャッピー)の「水中メガネ」
Chappieとは、イラストで描かれた着せ替えキャラクターで、
この「水中メガネ」を実際に歌っているのは、ネット情報によると、
いとうようこさんというプロの歌手だそうです。

歌詞は松本隆、作曲はスピッツの草野マサムネと超豪華。
松本さんは、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」(1975)や
松田聖子の一連のヒット曲など、2000曲以上の歌を手がけた
日本の歌謡界・Jポップのレジェンド級の作詞家です。

今回は、その松本隆の「水中メガネ」を取り上げて、
その歌詞をていねいに読み解いてみたいと思います。
まずは、聴いてもらいましょう。能書きは後で(長くなるよ)。

この曲の歌詞の最大のしかけは、途中で
「水中メガネをつけたら わたしは男の子」
そう歌いながら、曲の最後になると
「水中メガネを外せば 見知らぬ女の子」
と、変化しているところです。

なぜ、「女の子」である自分を「男の子」と言うのか。
あるいは、鏡に映る自分の姿を見て
なぜ「見知らぬ女の子」だと感じてしまうのか。

そのあたりの主人公(ヒロイン)の想いを察すると、
女の子の抱える孤独と悲しみが浮かび上がってくる。
そんな歌詞の構成になっています。

では、主人公の女の子の心を探ってみましょう。

「水中メガネで 記憶へ潜(もぐ)ろう
 蒼(あお)くて涼しい水槽の部屋

 あなたの視線に飽きられちゃったね
 去年は裸で泳いでたのに」
(「水中メガネ」Chappie 1999) ※以下同

去年の二人は、いい感じだったはずなのに…。
それを確かめたくなって、「水中メガネ」をつけて
記憶の海へと潜(もぐ)ってゆく女の子。

男の子と二人だけの部屋で「水中メガネ」なんて、
ちょっとフザけて見せたかったのでしょうか。

「あなたの視線に飽きられちゃったね」とあるので、
男の子は、そんな彼女の子どもっぽいアピールに対して
とくに興味を示さず、もう飽きているようです。(悲)

「去年は裸で泳いでたのに」とは、
海で思いっきりはしゃいだイメージもありますが、
去年は(この部屋のベッドの上で)裸で泳いでたのに
あんなにイチャラブだったはずなのに…
そんなふうに裏読みすることもできます。

というのも、よく似た比喩表現の歌詞があるからです。

「ベットの中で魚になったあと
 川に浮かんだプールでひと泳ぎ
 どうせ二人は途中でやめるから
 夜の長さを何度も味わえる」
(「リバーサイド・ホテル」井上陽水1982)

“どこ”で泳いだのかはともかくとして、
「水中メガネ」の歌詞は、出だしの4行だけで、
二人の関係性がみごとに表現されています。

そして、1回目の「わたしは男の子」発言です。

「泣きながら鏡の
 前で踊る ゆらりゆらり俄(にわ)か雨
 水中メガネをつけたら
 わたしは男の子」

「俄(にわ)か雨」とは、もちろん「涙」の比喩です。
記憶の底から上がってみると、去年の夏との変わりように
思わず涙があふれてきたのでしょうか。

あるいは、悲しい気持ちをごまかそうとフザけたふりをして
(涙を見せないように)水中メガネをつけたのかも知れません。

「わたしは男の子」とは、どういう意味でしょうか。

あなたから飽きられてしまったのは、
わたしが女の子らしくないから…という自虐なのか。
あるいは、わたしがもし男の子だったら、
性別など気にせず遊べるのに…そんな願望なのか。

「水中メガネ」をつけることで、幸福だった夏の記憶と
二人で一緒にいるのに孤独を感じている現実とが
二重映しになって見えてくる、そんな視覚効果があります。

「微(かす)かな潮騒 空耳なのかな
 無言の会話が きしむ音かな

 あなたは無視して漫画にくすくす
 わたしは孤独に泳ぎだしそう」

去年の夏、いっしょに聞いていた波の音さえ
「無言の会話が きしむ音」に変わってしまう残酷さ。
二人の関係を音で表現する巧みな比喩です。

「熱帯の魚と
 じゃれるように暑い暑い夏の夜
 心はこんなに冷たい
 わたしは男の子」

「暑い暑い夏の夜」に、「心はこんなに冷たい」と、
温度の対比で、孤独感を際立たせてからの
2度目の「わたしは男の子」発言です。
その裏にあるのは、どんな思いなのでしょうか。

孤独な海を泳いで、心が冷たくなるのは、
わたしが女の子らしくないから…、という自己否定なのか?
「女の子」あつかいされて、ホントの私を見てもらえないなら、
いっそ「男の子」になりたい…、そんな気持ちなのか?
たぶん、そのあいだで揺れているのでしょう。

そんななかで、生々しくよみがえってくるのは…

「岩陰でいちゃついてた あの夏の匂い」

「水中メガネ」による記憶と現実の二重映しの視覚
「潮騒」「無言の会話がきしむ音」という聴覚
「暑い夏の夜」「冷たい心」という温度感覚
そしてここでは、「いちゃついてた」という触覚と、
それらを思い出す「夏の匂い」という嗅覚です。

五感や体性感覚をあらわす言葉によって、
聴き手の経験や記憶のなかの感覚が呼び覚まされ、
歌詞の世界がリアルなものとして想像できます。

夏の思い出があふれて、波のように打ち寄せるなか、
せつない想いも極まって、曲はエンディングを迎えます。

「一人 鏡の
 前で踊る ゆらりゆらり俄(にわ)か雨
 水中メガネを
 外せば
 見知らぬ女の子」

最後の「見知らぬ女の子」とは、どういう意味でしょうか。

“これまでのような私”でないことは明らかですが、
この歌は、自分が自分でなくなってしまったことを
自己喪失の悲しい歌として描いているのでしょうか。
たぶん、そうではないと思います。
(そんな失恋ソングは山ほどありますが)

自分が変わったことがよかったのか、悪かったのか、
それは、これからの彼女にしかわかりません。
この後の二人の関係については、相手の男の子が
どう変わるか(あるいは変わらないか)にもよります。

よく、“恋は人を成長させる”なんて言われます。
それは“恋愛ごっこ”がうまくなるということではなく、
恋という経験が自分を作り直すきっかけになるからです。

最後の「見知らぬ女の子」という言葉には
「変わっても、君は君だから。きっと大丈夫。」
そんな作者の優しさが込められている気がします。

では、もう一度。こんどは作曲を手がけた
草野マサムネのカバー(2015)で聴いてみましょう。
こちらも、なかなかよきです。

22歳(+37)が選んだ「夏うた」 (その9)

今回の“夏うた”は、スチャダラパー「サマージャム’95」です。

スチャダラパーは、3人組のヒップホップ・ユニットで、
1994年にリリースした小沢健二とのコラボ曲
「今夜はブギー・バック」で大ブレイクしました。

マッチョな“ゴリゴリ系”ラップではなく、“オモロ・ラップ”。
コミカルな歌詞(リリック)の魅力にハマって、
ヒップホップ系の音楽を知らない私でも当時よく聴きました。

“夏うた”といえば、ノリノリで盛り上がろうぜ!とか、
爽やかな青春のシーンに似合う応援ソングだとか、
ひと夏のせつない恋の思い出を歌う曲がほとんどですが、
この「サマージャム’95」は、そうではありません。

インスタ映えするような素敵な夏の思い出ではなく、
等身大の若者(男)たちの “夏のあるあるネタ”です。
(スチャダラパーのメンバーは、昭和40年代前半の生まれ)
むしろ「夏に流されて」ダラダラ過ごしてしまう、
ダメダメな若者の日常をゆる~い感じで歌っています。

「みんな そそのかされちまう
 ついつい流されちまう
 結局暑さで まいっちまう
 誰のせい?それはあれだ!夏のせい」
(「サマージャム’95」スチャダラパー 1995)

全歌詞は、こちらからどうぞ。
https://www.uta-net.com/song/22745/

この曲がリリースされた1995(平成7)年といえば、
ほとんどの若者がまだケータイ電話を持ってなくて、
インターネットも普及していなかった頃です。
(※1995年の携帯電話の普及率は10%程度、
インターネットの普及率は調査が開始された1996年で3.3%)

21世紀生まれの世代には、わかりにくい歌詞かも知れません。

「ワーイ 手離しで浮かれたい 夏大好き とか言っちゃったり
 ってのが出来ない 構えちまう 安々と乗ってたまるかってところもある
 なーんて言いながらも 夏用のテープとかはしっかり作るのよ
 “サマージャム’95” なんつって 必ず直球のタイトルつけちゃってね」
 (「サマージャム’95」スチャダラパー 1995)

「夏用のテープ」というのは “カセットテープ”のことですが、
実物は、こんなのです。

昭和生まれの若者は、音楽をラジオやレコード(後にCD)から
この “カセットテープ”に録音して、持ち運んでいました。

“夏うた2023”とか、直球のタイトルをつけちゃったりして、
カーステレオでテープの曲を流しながらドライブしたり、
好きな人に自分が作ったテープをあげたりしていたのです。

「そーそ となりにキャワユイ ギャル 乗っけて
 湾岸流すなんて よからぬ絵 描いちゃってね
 「この曲好き」  なんて言われちゃう感じね
 「アレ なんかいい風」  とかね
 夏に流されちゃダメって思いながらね
 イキのいい車に道あけつつも
 夢のひとつも 語っちゃったりすんの」
(「サマージャム’95」スチャダラパー 1995)

ドラマやコントなどで、よく描かれるシーンとセリフです。
この歌詞の前に「みんなで徹夜あけ レンタカーで」とあるので、
彼らはだれも自分の車を持ってないようです。

「よからぬ絵 描いちゃってね」ともあるので
当時の男たちがあこがれた、あるあるネタですね。
妄想はさらに続きます。

「そーなるって事は もーあれだ
 熱めのお茶だ 意味深(しん)なシャワーだ
 で 手もちぶさたでつけた ラジオから
 こんな曲 流れたりすんだ」
(「サマージャム’95」スチャダラパー 1995)

熱めのお茶だ 意味深なシャワーだ」とは
サザンオースルターズ「夏をあきらめて」からの引用、
和歌の世界では、“本歌取り”と呼ばれる手法です。

「潮風が騒げば やがて雨の合図
 悔しげな彼女とかけこむ Pacific Hotel
 うらめしげにガラスごしに 背中で見てる渚よ
 腰のあたりまで切れ込む 水着も見れない
 熱めのお茶を飲み 意味シンなシャワーで
 恋人も泣いてる あきらめの夏」
(「夏をあきらめて」サザンオールスターズ 1982)

サザンには、素晴らしい“夏うた”がたくさんありますが、
この「夏をあきらめて」も、そんな名曲の一つです。

また、ヒップホップの曲には、別の曲の一部分を使って
新しい音楽を作る“サンプリング”と呼ばれる手法があります。
この「サマージャム’95」では、ジャズのヴィブラフォン奏者、
ボビー・ハッチャーソン「Montara(モンタラ)」(1975)
という楽曲がサンプリングされています。

元ネタに興味のある方は、こちらもどうぞ。

22歳(+37)が選んだ「夏うた」 (その8)

22歳の若者たちに好きな「夏うた」を選んでもらったので、
昭和世代の私も、記憶の片隅に残っている歌の中から、
これは!と思う楽曲をピックアップしてみました。

今回、私が好きな “夏うた”の1位に選んだのは、
井上陽水の「結詞」(むすびことば)です。

一般的な意見としては、井上陽水の“夏の歌”で、
いちばん人気があるのは、たぶん「少年時代」でしょう。

夏が過ぎ 風あざみ
 誰のあこがれにさまよう
 青空に残された 私の心は夏模様
(井上陽水「少年時代」1990)

もちろん私も大好きな曲ですが、夏になると、
「みんなこういう曲が好きでしょ?」とばかりに
TVやラジオでくり返し流れされるので避けました。

なるべく若い世代の知らない過去の名曲を紹介したい、
そんな思いで、今回は「結詞」を選びました。

この「結詞」は、井上陽水が1976(昭和51)年にリリースした
アルバム『招待状のないショー』を締めくくる曲です。

とくに驚いてほしいのは、この曲の歌詞です。

浅き夢 淡き恋
 遠き道 青き空

 今日をかけめぐるも 立ち止るも
 青き 青き空の 下の出来事

 迷い雲 白き夏
 ひとり旅 永き冬

 春を想い出すも 忘れるも
 遠き 遠き道の 途中での事
(井上陽水「結詞」1976)

歌詞は、たったのこれだけです。

この歌では、主人公の心情が何も説明されず、
ドラマチックなストーリーも描かれません。

いまどきの、歌詞が長くて難解なJポップや
饒舌なラップであれこれ主張したがる楽曲とは
まったく対極に位置するような歌詞です。

昔の人間にラップの歌詞がよくわからないように、
「結詞」の歌詞は、短すぎてよくわからない…、
そんな風に感じる若い世代もいるかもしれません。

では、ライブ動画で聴いてみましょう。

歌詞の中には、“冬”や“春”という言葉もあるので、
“夏”限定の歌というわけではありませんが、
私にとっては、とくに「白き夏」という歌詞で
夏のイメージの強い曲になっています。

「白き夏」とは、どんな夏でしょうか。

夏らしい“白い色”とは、たとえば白い夏服や帽子、白の水着、
ヨットやパラソル、デッキシューズなどが思い浮かびますが、
一般に夏の色といえば、海や青春の“”、太陽や情熱の“”、
あるいは焼けた“小麦色”の肌、といったところでしょうか。

目を閉じて、白い夏の景色を思い出してみましょう。
うるさいセミの声、強烈な夏の陽ざし、
照り返しがまぶしくて、道も白くぼやけている…。


(高野文子「玄関」『絶対安全剃刀』1982年)

そんな景色は歌詞には描かれていませんが、
「白き夏」という、ただそれだけの言葉が、
遠い日の、白い夏の映像を呼び覚ましてくれます。

短い歌詞の中には、ほかにも「浅き夢」 「淡き恋」など、
聴き手の誰もが思いあたる経験や出来事をあらわす言葉が、
まるで作品のタイトルのように並んでいます。

遠き道」とは、“人生”の比喩だと解釈できますが、
聞き手は、これらのシンプルな歌詞の余白に、
人生の途中でのさまざまな想いをめぐらせることができます。
いわば、齢を重ねるごとに深く心に刻まれる名曲です。

この曲は、1992年からJR東日本のキャンペーン広告
その先の日本へ。」のコマーシャルでも使われました。

「その先の日本へ。」というコピーを書いた秋山晶さんは、
当時、CMプランナーであった岡康道さん(2020年没)が
井上陽水のすべての曲を繰り返し聴いた上で、
この「結詞」をBGMに選んだと書き残しています。

後に岡康道さんは、大手広告代理店を辞めて独立しましたが、
まだ会社員としてこのJR東日本の広告をつくっていた当時、
“人生という旅”について、こんな想いを抱えていたそうです。

「…地図も手に入らず、目的地も茫然とした靄の中だ。しかし、それでも旅に出たくなるのはなぜだろう。
 東長崎のアパートを出て通勤の地下鉄のホームで、会社のエレベーターの隅っこで、ベッドの中で眠りにはいる直前にも、いつもどこからか、ある声が聞こえてくる。
「ここより、他の場所へ」  
(岡康道「ここより、他の場所へ」『岡康道の仕事と周辺』1997)

この「結詞」は、人生とはひとつの旅であることを
あらためて思い起こさせてくれる名曲の一つです。

22歳が選んだ「夏うた」 (その7)

Mr.Childrenの代表曲の一つ「HANABI」(2008年)は、
医療ドラマ『コード・ブルー』の主題歌として作られた事情もあって、
これまで紹介した“夏の恋うた”とは、かなり印象が違います。

(※今回、タイトルや歌詞に“夏”という言葉が入ってなくても、
選んだ人が夏をイメージする曲であれば“夏うた”としました。)

この「HANABI」には、「何度でも君に逢いたい」とか、
めぐり逢えたことでこんなに 世界が美しく見える」とか、
君を強く焼き付けたい」といったフレーズがあるので、
ラブソングとして聴くこともできるのですが、
どちらかといえば、Mr.Childrenらしい人生の応援ソングです。

では、聴いてみましょう。

「HANABI」の歌詞の主人公は、
この世界と、自分の生き方について問いかけます。

どれくらいの値打ちがあるだろう?
 僕が今生きているこの世界に

一体どんな理想を描いたらいい?
 どんな希望を抱き進んだらいい?

現実に安住して生きる人からは「マジメか!」とか
「そんなん知らんし」とツッコミを入れられるほどの
真摯な自問自答が、ミスチル的世界への入口です。

ちょっと疲れてんのかなぁ」とか
君がいたらなんていうかなぁ
  「暗い」と茶化して笑うのかなぁ」と
冷静に自分を客観視しようと努めながらも、
「…なのかなぁ」とつい疑問形になってしまう。

こうした問いかけが、聴き手の心を揺さぶります。
まったく考えたことのない疑問は、軽い驚きとして。
同じように考えたことのある問題は、強い共感として。

誰も皆 問題を抱えている
 だけど素敵な明日を願っている
 臆病風に吹かれて 波風がたった世界を
 どれだけ愛することができるだろう?
(「HANABI」Mr.Children  2008)

波風のたつ世界で、疑いや憂鬱を抱えながら、
信じられる何かを求めて人生の旅を続ける主人公は、
自分自身と対話し、困難をのり越えようとします。

その姿は、仕事や勉強やボランティアなど、
日々、闘い続ける私たちの自己像でもあります。
だから、「もう一回 もう一回」と聴くたび
もう一度信じてがんばろうと勇気がわいてきます。

決して捕まえることの出来ない
 花火のような光だとしたって
 もう一回 もう一回
 もう一回 もう一回
 僕はこの手を伸ばしたい
(「HANABI」Mr.Children 2008)

こんな世界にも、美しく輝く愛おしい瞬間がある。
花火のように心に広がるサウンドと言葉の力が、
今日も誰かを元気づけていることでしょう。

「HANABI」を含めたMr.Childrenの楽曲の数々が
30年以上の間、どれだけの人を力づけてきたかと思うと、
その尊さは思わず手を合わせるほどです。(合掌)

22歳が選んだ「夏うた」 (その6)

小学生の息子に「俺、ポルノが好き!」と言われて
母親が驚きあわてたという笑い話を聞いたことがあります。
よくよく聞けばバンド名で、ほっと安心したとか。

そんな「ポルノグラフィティ」の数ある名曲のなかで、
今回の“夏うた”に選ばれたのが「ミュージック・アワー」。

歌詞は、ラジオのDJがリスナーの恋の悩みに答える設定で、
アーティストとファンの幸福な関係が歌われています。

ここでおハガキを一通
 R.N(ラジオ・ネーム) “恋するウサギ”ちゃん
 “なぜ人を好きになると こんなにも苦しいのでしょう?”
(「ミュージック・アワー」 ポルノグラフィティ 2000)

恋をすると、なぜ苦しくなるのでしょうね。

DJはその理由を、わかりやすく説明してくれます。

それは心が君のこと 急(せ)かして蹴飛ばしているから

なるほど!
急(せ)かす心と、冷静な理性とのギャップ、
その葛藤でだんだん胸が苦しくなっていくんですね。

キミが胸を焦がすから 夏が熱を帯びてく
 そして僕は渚へと 誘うナンバーを届けてあげる

思わず体ごと誘われるノリノリのサウンド、
最後のサビのフレーズはこんな感じです。

キミが夢を願うから ミュージシャンも張り切って
 また今年も渚には 新しいナンバー溢れていくよ

そういえば、今回選んでもらった “夏うた”のナンバーの
ほとんどが夏を舞台としたラブソングでした。
そして毎年、新しい夏の恋へと誘う歌が届けられます。

というのも、昔から流行歌(ポピュラーソング)の王道は、
“恋”の歌と相場が決まっているからです。

昔から人は、恋の歌で互いに心をなぐさめたり、
恋の物語を楽しんで、盛り上がってきたようです。

たとえば、平成の“恋するウサギ”ちゃんの
約1300年前から恋の苦しみが歌われています。

キュンキュンして死にそう♡」
 っていったら「死ね」っていわれるし
 世間は冷たいもんや
(『愛するよりも愛されたい』佐々木良
令和言葉・奈良弁で訳した万葉集①)

恋(こ)ひ死なば 恋(こ)ひも死ねとや
 玉桙(たまほこ)の道行く人の言(こと)も告(の)らなく
(巻十一:2370番歌)

こんな歌が選ばれて、今に残されているということは、
「恋をしてると人から冷たい言葉を浴びせられるよなぁ」と
この歌(=ナンバー)の心に共感して届けてくれた人、
今であればDJのような人物がいたということです。

ちなみに、「ミュージック・アワー」のDJは、
“恋するウサギ”ちゃんや私たちリスナーに
こんな優しい恋のアドバイスを届けてくれています。

大好きだから踏み出せない 大好きだから臆病になる
強い人にはなれそうにもない 揺れてる君でいいよ

では、アーティストとファンが一体となって
ノリノリで揺れてる「ミュージック・アワー」をどうぞ。

22歳が選んだ「夏うた」 (その5)

今回は “夏うた”に登場する男性について
その両極端のタイプをピックアップしてみます。
サンプルは、back numberの「わたがし」と
湘南乃風の「睡蓮花」に描かれた男性像です。

この2つの曲に登場する主人公の男は、
女性へのアプローチの仕方がまったく違います。

「わたがし」の男は、どんなタイプでしょうか。
まずは、曲を聴いてみましょう。

想いがあふれたらどうやって
 どんなきっかけタイミングで
 手を繋いだらいいんだろう
 どう見ても柔らかい君の手を
 どんな強さでつかんで
 どんな顔で見つめればいいの
(「わたがし」back number 2012)

シャイな男子には、あるあるネタですね。
私も10代の頃はそうでした。(遠い目)
いまは男女問わず、多くの人がそうかもしれません。

手をつないだら、またその次の段階があるわけで、
“正しい”恋愛のやり方に悩む男の子にとって
最も必要なものは正解よりも、勇気だったりします。

さて、もう一方の「睡蓮花」の男は、どんなタイプでしょうか。

また始まった 真っ裸(ぱ)で走り出したSeason
 夏は好きか? 間違って交わった 砂浜のReason
 付き合ってみな 目が合って 気が合って
 マジになったSeason 欲望のまんま!!
(「睡蓮花」湘南乃風 2007)

こちらの男は、ぐずぐず悩む前に走り出しています。
欲望のままに “間違って”交わろうがどうしようが、
付き合ってみりゃいいじゃん、と誘いかけてます。
俗にいう “パリピ男子”のようです。

「わたがし」の男は、浴衣姿の似合う彼女を
夏祭りに誘えただけで「泣きそうだ」と言ってるのに、
「睡蓮花」の男は、「悪ノリのHeartbeat」で
暴れまくってイイぜ!!」とタオルをふり回してます。

経験の有無が、男の考え方を大きく変えてしまうのか?
性格の違いが、男の行動パターンを分けてしまうのか?

グズグズな僕と、ゴリゴリな俺、
あなたが女の子なら、どちらと付き合いたいですか?

横にいるだけじゃ駄目なんだ
 もう君の気を引ける話題なんて
 とっくに底をついて
 残されてる言葉はもう
 わかってるけど
(「わたがし」back number 2012)

残されてる言葉」とは、たぶん「好きです」とか
「付き合ってください」といった告白でしょうね。

二人は、帰りに手をつなぐことができたのか。
“わたがし”が溶けるような、甘いキスはできたのか。

この曲は、二人の関係を結末まで描いていません。
恋愛というモヤモヤして落ち着かない感情を
リアルに聴き手に想像させる構成になっていて、
恋の「もどかしさ」が巧みに表現されています。

告白寸前のギリギリの心情が描かれることで、
聞き手は、告白すんのかいせんのかいと焦らされ、
過去のドキドキした経験を思い出したりします。

一方の「睡蓮花」の男は、とてもワイルドで直情的です。
歌詞を読んでも、何を言いたいのか正直よくわかりません。
もう一度、確かめてみましょう。

睡蓮の花のように…」と抒情的に歌いかけたと思えば、
濡れたまんまでイッちゃって!!!」と下ネタをぶちかます。
ベッドで涙を浮かべ」、「寂しくなんかねぇ‼」と独りごち、
地面向いて足踏みしてるんじゃねぇ!」と説教を垂れ、
出会って泣いて、笑って泣いて」を繰り返す。

まるで情緒不安定。内容は、ほぼ支離滅裂。
しかし、この“なんでもあり”の自由さこそが「睡蓮花」の魅力です。
大切なのは理屈ではなく、ノリ(=バイブス)なのです。

下品とか頭悪そうとか、嫌う女性もいるかもしれません。
しかし「睡蓮花」の男の強みは、平気でバカになれることです。
間違ったり、失敗して笑われることを恐れないことです。

その逆に、ナイーブな恋に悩む「わたがし」の男の子は、
バカになる勇気がまだ足りないのかもしれません。

さて、「わたがし」の男と「睡蓮花」の男を、
異なる両極端のタイプとして紹介してきましたが、
実は、どんな男もその両面を隠し持っているわけで、
「わたがし」の男が、バカになって楽しむこともあれば、
「睡蓮花」の男が、ナイーブな恋に悩むこともあります。

それは、ビーチでナンパ待ちをする水着のギャルが
「わたがし」をプレイリストに入れて聴いていたり、
水色にはなびらの浴衣が似合う清楚な女の子が、
「睡蓮花」でタオルを回すこともあるのと同じです。

男であれ女であれ、他者とは永遠の謎なのです。

22歳が選んだ「夏うた」 (その4)

今回は、ガールズバンド対決!
SHISHAMOの「君と夏フェス」(2014)と、
SILENT SIRENの「八月の夜」(2015)の2曲です。

ガールズバンドについては、ほとんど知りません。
SHISHAMOは、ぱっつん前髪のボーカルの印象しかなくて、
SILENT SIRENは、今回はじめて聞きました。

この2曲に限っていえば、「八月の夜」の方が好みで、
1回聞いただけで、そのノリのよさにシビレました。

SHISHAMOは、高校の軽音楽部で結成したバンドで、
この「君と夏フェス」は、なんと高校卒業の翌年に発表し
スマッシュヒットを記録した曲だそうです。凄いですね。

歌詞は、「まだ照れ臭い」関係の男の子を誘って
夏フェスに参加し、やらかしてしまった女の子の内面を
可愛いらしく、コミカルに描いたストーリーです。

10代ならではの、はじけるような元気感と
ウブな恋心をぎゅっとパックしたような一曲です。

この曲の歌詞に仕掛けられたギミックは、
止まらない」というキーワードです。

ライブの前には「止まらないのは私の汗」、
止まらないのは夏への期待」とあって、
ライブが終われば、置き去りにしてしまった彼と
時間が止まっているみたい」と見つめ合う
ちょっと気まずい瞬間がやってきます。

しかし、彼のやさしい言葉によって、
なんとも照れ臭いハッピーエンドを迎えます。

止まらないのは二人の恋だ
 今年の夏よ 終わらないでよ

そう。
曲は終わっても、二人の夏は永遠なのです。

ところで、実際に夏フェスに行ったことのある
10代って、どれくらいいるのでしょうか。

「ラインリサーチ」の2023年の調査によると、
音楽フェスに参加したことのある人は、
10代では18%(男性:21%、女性:15%)だそう。

ただ、大きな野外フェスだと交通費もかかるし、
お金のない10代(とくに地方在住の若者)だと、
はるかに低い数字なのではないでしょうか。

そういう意味でも、10代の若者にとって
「君と夏フェス」に行くなんていう体験は、
いつかは…とあこがれてしまう場面です。

さて一方。
SILENT SIRENも人気ガールズバンドですが、
こちらはファッション誌の読者モデルによって
結成されたバンドだそうです。(どうりで可愛い)

「八月の夜」という曲は、「微妙な距離」の二人が
迷路を進んでくように」探り合いながら、
だんだん距離を縮めてゆくストーリーになっています。

主人公は、さっきの夏フェスの二人よりもオトナです。
(ミュージックビデオでは、大学生の設定のようです)

とりあえず、聴いてみましょう。

歌詞も、10代の若者にはちょっと理解しにくい、
大人仕様のレトリックが駆使されています。
たとえば、こんな表現。

さら さら さら さら なびくふたりの
 まだ まだ まだ まだ 微妙な距離も
 ゆら ゆら ゆら ゆら 揺れる気持ちも
 微(かす)かに指先が君に
 振れる 触れ 溢れ 重なる

歌詞をよく読まないと気づかない差異ですが
この「指先」は、歌の途中で「唇」へと変わります。

微(かす)かに が君に
 振れる 触れ 溢れ 重なる

「フレル・フレ・アフレ」という音も心地よいのですが、
心と体が振れる、触れて、溢れて、重なるという
性愛のイメージへと導く一連のたたみかけが見事です。

ウブな男子だと、ころ ころ ころ ころ 転がされそう。

そして曲の最後では、こうなっています。

八月の夜にふたりは
 振れる 触れ 溢れ 重なる

秘めやかな「八月の夜」のドラマが
疾走感のある軽快なサウンドに乗って
アニメ声のボーカルで歌われるのですから、
その手のカワイイ系女子が好きな男子には
たまらない魅力なのじゃないか。

あざとさ上等!

そんな言葉さえ思い浮かべてしまう名曲です。

22歳が選んだ「夏うた」 (その3)

Mrs. GREEN APPLE「青と夏」は、
2018年夏に公開されたキラキラ映画『青夏 きみに恋した30日』の
主題歌として書き下ろされた楽曲だとか。知らんかった。

流行りの音楽を追いかけない昭和のオッサンでも、
Mrs. GREEN APPLEの名前は、最近ちょこちょこ聞きます。
ただ楽曲については、あの“髯男”っぽいやつ?くらいの認識で
んなことを口にすればファンに叩かれてしまいそう。

【人気投票 1~223位】邦楽の夏うた・夏曲ランキング!
夏に聴きたいおすすめのサマーソングは?
2023年の夏に実施されたインターネットの人気投票では、
数ある“夏うた”のなかで、「青と夏」が堂々の第1位でした。
(※2023年8月24日現在)

なぜ、「青と夏」は、こんなに人気があるのか。

映画の方は、そんなに大ヒットしたようでもないので
やはり、楽曲のよさが多くの人の胸に届いたのでしょうね。

夏らしいアップテンポのバンドサウンドで、
歌詞の内容は、映画の内容に沿った青春応援ソングです。

大人になってもきっと 宝物は褪せないよ
 大丈夫だから 今はさ に飛び込んで居よう
(「青と夏」Mrs. GREEN APPLE  2018)

「青に飛び込もう」とは、青い海にダイブするように
思いっきり青い季節に飛び込め、というエールでしょうか。

夏が始まった 君はどうだ
 素直になれる勇気はあるか

私みたいなスレた大人になってしまえば、
ストレートな“青い”歌詞をハズかしく感じたり、
その素直さが眩しく、うらやましくも思えます。

この「青と夏」で面白いのは、映画の主題歌でありながら
あえて「映画じゃない」と、くり返し歌っている点です。

まだまだ終われないこの夏は
 映画じゃない 君らの番だ
 映画じゃない 僕らの
(「青と夏」Mrs. GREEN APPLE  2018)

NHKの人気TV番組「ブラタモリ」の主題歌で、
ハローハロー お元気? 今夜なにしてるの?
 TVなんか見てないで どこかへ一緒に行こう」(「女神」2015)

と、井上陽水が誘いかけているのと同じ手法ですね。

夏休みを舞台に、初々しい青春の恋を描いた名曲は
たくさんありますが、YUIの「Summer Song」もその一つ。

太陽が味方する 日に焼けた君が手をふるから
 期待してんだ 約束の季節に飛び込む 人魚みたいに
(「Summer Song」YUI 2008)

「青と夏」よりも10年前の曲ですが、
やっぱり、「約束の季節」(=夏)に飛び込んでます。

「青と夏」では、「に飛び込んで居よう」という
レトリックが使われていましたが、
「Summer Song」にも印象的な“青”の表現があります。

ヘコむ毎日 取り戻す日々 君に会って 笑いあって
 “真っ赤なブルーだ” 
(「Summer Song」YUI 2008)

「真っ赤なブルー」って、どんな色でしょうか。
え? と引っかかって、おもわず想像してしまう。
断言してるからには、そこに何か意図があるはず…。

昭和の歌姫、美空ひばりのヒット曲にこんなのがあります。

真赤に燃えた 太陽だから 真夏の海は 恋の季節なの
(「真赤な太陽」美空ひばり 1967)

「Summer Song」の“真っ赤”は、太陽だけではありません。
ギラギラの夏と海、なにより青春の “熱さ”を表現するのに
真っ赤なブルーだ」というパンチラインが効いています。
言い切る強さが、主人公の思いの強さとも重なります。

曲そのものは、決して暑苦しくはありません。
YUIの軽やかな歌声と爽やかなアコギサウンドを
甘酸っぱい青春ドラマ風の動画で聴かされてしまうと
脳の視床下部がくすぐられて、たまりません。

大人のクリエーターたちが寄ってたかって、
理想的な青春時代を描いてそそのかすから、
みんな夏に飛び込んでしまいたくなるわけですね。笑

22歳が選んだ「夏うた」 (その2)

6人が選んでくれた“夏の歌” 26曲(私も含めて31曲)のうち、
1人が1位に、もう1人が2位に選んだのが、aiko「花火」でした。
ポイント制なら、今回堂々のトップ賞です。パチパチパチ。

aikoの「花火」がリリースされたのは1999 (平成11)年なので、
2001-02年生まれの22歳にとっては、生まれる前の曲です。

「花火」は、「カブトムシ」と並ぶaikoの代表曲の一つ。
毎夏TVやラジオ番組が企画する「夏の歌」ランキングでは
必ず上位に入るほど夏の定番曲になっているので、
後の世代の若者が耳にする機会も多いのかも知れません。

さて。いったいこの曲の魅力は、どこにあるのか?
もいちど、じっくり聴いてみましょう。

最も印象に残るフレーズは、やはりこの部分でしょうか。

「夏の星座にぶらさがって上から花火を見下ろして
 こんなに好きなんです 仕方ないんです」
(「花火」aiko 1999)

初めて聴いたとき、花火を“見下ろす”というアイデアに驚きました。

当時「花火をどこから見るか問題」というのがあって、
もともとは1993年に岩井俊二監督によって提起されたものです。
最初はテレビドラマ作品として作られ、1995年に映画化された
『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』です。

この岩井監督の作品を原作とする同名のアニメ映画が
2017年に公開されましたが、その主題歌となったのが
DAOKO×米津玄師による、あの「打上花火」です。

さて、話をもどすと、
1990年代の「花火をどこから見るか問題」に対して
Aikoが放った「上から花火を見下ろして」というぶっ飛んだ歌詞に、
日本中のクリエーターや若者が衝撃を受けたものです。

すいません。誇大表現でした。
もう少し、ていねいに当時の印象をたどってみます。

夏の星座にぶらさがって上から花火を見下ろして
 こんなに好きなんです 仕方ないんです
(「花火」aiko 1999)

夏の星座とは、いったい何座だろう。
“夏の大三角形”を構成する白鳥座、琴座、わし座あたりか。
南の空に輝くS字のカーブ、さそり座かもしれない。

いや、そこまで考えて歌詞を書くだろうか、と我に返り、
なんだか少女マンガのヒロインの妄想シーンか、
アニメのエンディング曲のようだなと思い直しました。

歌詞の中には「三角の目をした羽ある天使」や
三角の耳した羽ある天使」が登場してきて
恋のアドバイスをしてくれちゃったりもします。

ファンタジー要素ましましの世界なのかと思いきや、
そんな天使のアドバイスが妙に人間くさくてリアルなのです。

疲れてるんならやめれば?」とか、
一度や二度は転んでみれば」とか、
なんか経験豊富なオバちゃんぽいのが微笑ましい。

どうも、恋をきっぱりと忘れることはできなさそうだし、
かといって、恋につき進める状況でもなさそうだし…。

Aiko、どうする?

いつまでも夏の星座にぶらさがって、
夢ばかり見ていられないことは、
自分でもよくわかっているのではなかろーか。
きっと手も痛くなるだろうし。

曲の最後には「バイバイ」と歌ってるので、
この恋にサヨナラするしかなかったのでしょう…。

ただし、歌詞にある「花火は消えない 涙も枯れない」とは、
花火(=恋)の思い出は、けっして消さないという決意でしょうね。
そしてまた、恋にサヨナラした悲しみも決して消えずに
思い出すたびに涙するだろうという予感なのかも知れません。

くーっ、せつない。

「花火」はキレイだけど、一瞬で消えるはかなさが、
せつない夏の恋や青春の象徴として好まれるのでしょうか。
春の「さくらソング」と、夏の「花火ソング」は、
Jポップの風物詩となっています。

今回選ばれた他の曲から、花火の歌詞を上げておきます。

決して捕まえることのできない
 花火のような光だとしたって
 もう一回 もう一回 もう一回 もう一回
 僕はこの手を伸ばしたい
(「HANABI」Mr.Children 2008)

もうすぐ花火が上がるね
 君の横顔を今焼き付けるように じっと見つめる
(「わたがし」back number 2012)

パッと光って咲いた 花火を見ていた
 きっとまだ 終わらない夏が
 曖昧な心を 解かして繋いだ
 この夜が 続いて欲しかった
(「打上花火」DAOKO×米津玄師 2017)

どーんと派手な打ち上げ花火も夏らしいですが、
二人だけで地味に楽しむ花火もなかなかオツなものです。

この細い細い うら道を抜けて
 誰もいない大きな夜の海見ながら
 線香花火に二人で ゆっくりゆっくり火をつける
(「夏色」ゆず 1998)

こんな歌詞のようなシーンに、今でも多くの若者が
あこがれていることでしょうし、多くの大人が
遠い日の花火を思い出していることでしょう。

結論。やっぱ、夏は若者が主役の季節ですね。

22歳が選んだ「夏うた」 (その1)

ホント今年のあつは夏いよね。などと、
化石化した昭和ギャグとともに久々の更新です。
これで少しは寒くなったかな。ならないか。

残暑お見舞い申し上げます。

久しぶりと言えば、先日、元塾生の同窓会をやりまして、
その席で、お気に入りの“夏うた”ベスト5を選んでもらい、
みんなでイチオシの曲を聴いて盛り上がりました。

楽曲のYouTube動画をTVモニターで流し、
歌詞をネットで探してプリントアウトして配りました。
(やっぱり歌詞は大事!)

2001-02年生まれの6名が選んだ“夏うた”は、以下の通りです。
(曲順はリリースの古い順、☆は各自が1位に選んだ曲です)

<22歳が選んだ「夏うた」全26曲>

・「シーズン・イン・ザ・サン」 Tube (1986)
・「夏色」 ゆず (1998)
☆「花火」 aiko (1999)
☆「ミュージック・アワー」 ポルノグラフィティ (2000.7)
・「ボーイフレンド」 aiko (2000.9)
☆「睡蓮花」 湘南乃風 (2007)
☆「Summer Song」 YUI (2008.7)
☆「HANABI」 Mr. Children (2008.9)
・「My SunShine」 ROCK’A’TRENCH (2009)
・「GO GOサマー!」 KARA (2011)
・「わたがし」 back number (2012)
・「太陽と向日葵」 Flowe r(2013)
・「君と夏フェス」 SHISHAMO (2014)
・「Summer Queen」 平井大 (2015.5)
・「Slow & Easy」 平井大 (2015.5)
☆「八月の夜」 SILENT SIREN (2015.8)
・「長く短い祭」 椎名林檎 (2015.8)
・「君がくれた夏」 家入レオ (2015.8)
・「ともに」 WANIMA (2016)
・「打上花火」 DAOKO×米津玄師 (2017)
・「青と夏」 Mrs. GREEN APPLE (2018)
・「SUNSET feat. IO, Yo-Sea」 Gottz (2021)
・「Attention」 New Jeans (2022.7)
・「GOD LOVES YOU」 SALU (2022.11)
・「青梅」 クリープハイプ (2023.5)
・「サマータイムシンデレラ」 緑黄色社会 (2023.8)

6人が5曲ずつ選んだうち、ダブったのは次の4曲だけでした。

・「花火」 aiko (1999)
・「わたがし」 back number (2012)
・「君と夏フェス」 SHISHAMO (2014)
・「青と夏」 Mrs. GREEN APPLE (2018)

ちなみに、昭和生まれ(59歳)の私が選んだのは、次の5曲。

☆「結詞」 井上陽水 (1976)
・「サマージャム’95」 スチャダラパー (1995)
・「水中メガネ」 Chappie(1999), 草野マサムネ(2015)
・「LOVELAND, ISLAND」 山下達郎(1982)
・「愛より青い海」 上々颱風 (1991)

案の定、世代の違いを痛感する結果となりました。

22歳が選んだ全26曲中、私が知っていたのは10曲程度。
せっかく教えてもらったので、その後ネットで歌詞を確認しながら
1曲ずつじっくり聴いてみました。

近ごろのポップスを聴いて昭和のオジサンが感じているのは、
言葉の数が多いわりに、何を言いたいのかよくわからない歌詞が多いこと。笑
とくにHIPHOP系のラップなんかは、ほぼほぼ聞き取れないし、
歌詞を確認しても、意味がよくわからなかったりする。

たとえば洋楽の場合は、英語の歌詞がわからなくても、
その曲を好きになることがあるので、そんな感じなのか。

そんな感じって、どんな感じよ?
歌詞よりもノリ、カッコいいサウンドがあれば
それでキマリじゃん!といった感じである。

んが、実際はそれだけでキメられない場合が多く、
好きな曲の魅力についていざ語ろうとすると、
歌詞、サウンド、パフォーマンス、MVの映像など
さまざまな要素がからみあっているので、
好きな曲であるほど、説明するのはむずかしい。

だからこそ、同じアーティストを好きになった人と、
あの曲がいい、この歌詞がいい…と語り合って共感できると、
メッチャうれしくなります。

好きになるきっかけは、いつだって(友人であれ、宣伝であれ)、
誰かが「これいいよ!」とすすめてくれる言葉です。

もちろん好きになる曲の趣味は人それぞれだし、
すすめられた曲を必ず好きになるとは限りませんが、
いくつになっても、いい曲との出会いは貴重なものです。

若い時期だからこそ、胸にひびく楽曲もあるし、
世代や性別をこえて愛される名曲もあります。
好きな曲に一人でひたって聴く楽しみもあるけど、
自分の味わった感動を、他者と共有できる喜びもあります。

というわけで、同窓会の余韻にひたりつつ、
22歳の若者たちが選んでくれた“夏うた”をネタに、
感じたことをつらつら書いてみました。
(つづくかも)